「我以外皆我師」とは
【8月1日】
初球からいったか。打たれたヤクルトのバッテリーがどう感じたか分からないけれど、こっちは意表を突かれた。というかイメージがなかった。六回に3ランを放った坂本誠志郎である。
雨上がり、神宮の湿った夜空に架けたアーチは高橋奎二の直球を仕留めたもの。番記者が取材した坂本本人のコメントをじっくり読んでもらいたいが、僕の目には「読み勝ち」に映った。
こっちの都合だけど、二度の雨中断の影響もあって〆切りまであまり時間がない。過去のデータをひっくり返している余裕がないが、坂本が初球をガツンとやるイメージがあまり…。
相手の配球をじっくり見て攻める。そんな打者が迷いのないスイングでゲームを決めたことで、これはこれで、印象深いゲームになった。
先発マスクで伊藤将司を好リードした坂本は、バットでは4安打の活躍だった。二回はフルカウントから7球目のスライダーをセンターへ。四回は追い込まれてから4球目のチェンジアップをセンターへ。そして迎えた3打席目は…
まっすぐ一本だったでしょ?
ゲームのあと三塁側スタンドの横を坂本にぶら下がるならば、そうぶつけただろう。それにしても、一発で仕留めるところが渋い。4安打しても涼しい顔…その面構えもよかった。
この夜、藤川球児は伊藤将司と坂本を組ませた。前回は梅野隆太郎だったので、「そうきたか」と思いながら見ていたが、難しい天候条件で「尻上がり」を呼ぶリードはさすがだった。
名捕手といえば、この日8月1日は野村克也が前人未到の3000試合出場を達成した記念日でもある。この数字に触れれば敬意しか湧かないが、僕の知るノムさんといえば、ヤクルトの名将…ではなく、若かりし頃取材した3年連続最下位の阪神指揮官である。
当時、ダメ虎の改革に打ち出した知将の「教え」を思い出す。
「我以外皆我師(われ、いがい、みな、わがし)」
ノムさんが著書『野村の遺言』(小学館)でも引用し大切にする吉川英治の座右の銘だが、意味は漢字を見たまんま。自分以外のすべての人から学ぶ謙虚な気持ちを持つこと。
知将のかつての教え子、藤川球児もよく「外の世界を見ること」の尊さを説き、「自分も現役の時いくつかのチームに行きましたけど、経験に勝てるものはない」と語ったこともある。そういう意味では、坂本にとって今春のWBCはこれ以上ない「皆我師」を経験した時間だったに違いない。5月、6月は「力になれないもどかしさ、悔しさというのが多い期間でした」と、デイリーのコラム寄稿でそう語っていたが、苦楽様々、糧にする今年は坂本という扇の要が更にステージを上げるシーズンになると見ている。
「8月を制するものはペナントを制す」といわれるが、巨人との一騎打ちで突き抜けるためには、うだる盛夏で下位に取りこぼしをしないこと。その中心に座るべく一人が坂本であることは書くまでもない。=敬称略=
