「バースの映画」が撮影されるって? エージェントとして活躍する“関西でおなじみの外国人”とは
ある世代以上のプロ野球ファンにとって、マーティ・キーナート氏はかなりの有名人でしょう。関西在住なら、その顔、声、活字に、なおさら親しみがわくはず。彼の初来日は1965年。関西を拠点にしていたのが70年から95年までの25年間です。ちなみに筆者は7月で初来日から25年。そんな節目で「憧れの大先輩」にお会いすることができました。
同氏の経歴を少し“おさらい”します。彼は74年にデサントに入社すると、様々な北米のスポーツ機構とライセンス権の交渉を行うため、たびたび海外出張に出向いたといいます。ビジネスディナーは高級レストラン…のはずが、相手の多くは当時の日本ではほとんどお目にかかれない「スポーツバー」に興味津々。何度も予定変更したそうです。
この経験をヒントに「日本でもスポーツバーを経営すれば成功するんじゃないか」と78年に神戸・北野で「The Attic」を開店。予想通り大盛況となり、当時のプロ野球の外国人選手はほぼ全員常連だったとか。その選手たちとの交友は今も続いているといいます。
ところが、95年の阪神・淡路大震災が人生を大きく変えました。震災の影響もあってスポーツバーは倒産。愛着ある神戸を後にして、東京で立ち直ることを決意します。複数の書籍を出版し、テレビにも出演。2002年のNHK朝ドラ「さくら」では全国的に顔が知られました。その2年後、楽天グループ創業者の三木谷浩史氏に招聘され、東北楽天ゴールデン・イーグルスの初代GMとなったのです。
仙台に移住したキーナート氏は、大学にも請われてスポーツマネージメントなどの講義をスタート。現在も仙台大学と東北大学の教授兼シニアアドバイザーを務めています。バスケットボールBリーグの仙台89ersでもGMに就任。日本で2つのスポーツのGMとなったのはキーナート氏だけ。すごいの一言です。現在も相談役として関わっていて、チームは昨年B1に復帰しています。
様々な顔を持つ同氏ですが、最近はランディ・バース氏関連の仕事が特に忙しいそうです。2人は前述したスポーツバー「The Attic」時代から親交があり、長年エージェントをしているそう。今年はバース氏が野球殿堂入りを果たしたことで様々な出演オファーが殺到しており、その窓口になっているのがキーナート氏なのです。
そうそう、楽しみな情報を教えてもらいました。米国の映画会社がバース氏のドキュメンタリー映画を撮ることが“ほぼ”決まっているそうです。阪神在籍期間が物語の中心になるでしょうから、映画化にあたっては日本でも様々な箇所との交渉が必要。そんな業務を任されているのが、もちろんキーナート氏です。いつ完成するのか?実際に公開されるのか?具体的なことは何も分からないけれど、本当に楽しみです。
それにしても、キーナート氏の行動力は凄まじいばかり。実際にお会いして「憧れの大先輩」であることを再認識しました。本当に出会えたことに感謝でいっぱいです。
◆トレバー・レイチュラ 1975年6月生まれ。カナダ・マニトバ州出身。関西の大学で英語講師を務める。1998年に初来日、沖縄に11年在住、北海道に1年在住した。兵庫には2011年から在住。阪神ファンが高じて、英語サイト「Hanshin Tigers English News」で阪神情報を配信中。