実は盲腸炎という病名はありません!かつては下腹部痛訴える患者側手術、今は?
私が医者になった当時、右の下腹部痛を訴える患者がきたら、血液検査だけして、「はい盲腸です。手術しましょう」こんな具合でした。まぁ大雑把な時代で、今の第一選択は、保存的治療。「抗菌剤」の内服です。症状が改善しなければ、エコーやCTなどで精密検査して、ようやく手術を考慮します。
実は盲腸炎という病名はありません。小腸と大腸の間にある「盲腸」という部分の先に、ヒョロッと飛び出した大人の小指くらいの小さな袋、これが「虫垂」で、この虫垂の炎症を「虫垂炎」と呼び、それを判りやすく盲腸炎と説明しているのです。ですので、手術するときは炎症を起こした虫垂だけを切除して、そのあと盲腸に開いた穴をしっかり二重に縫合して手術は終わり。ベテラン外科医なら腰椎麻酔も含めて30分もかからない簡単な手術です。
そもそも虫垂は、すべての哺乳類にあるわけではなく、霊長類とネズミの仲間、ウサギなどで見つかっています。ちなみにイヌとネコに虫垂はありません。ヒトの虫垂は小さな袋で、なんの役割も持たないけれど、ビーバーに見られる巨大な虫垂もあれば、ウサギのように旋回状に長い虫垂もあり、草食動物にはなんらかの必要があるのでは、くらいに考えられていました。
ところが近年、虫垂は無益な臓器ではないと言われ始めました。「善玉腸内細菌にとっての隠れ家と、免疫系にとってのトレーニングキャンプの役割を果たしている」「潰瘍性大腸炎、大腸がん、パーキンソン病、全身性エリテマトーデスなど、いくつかの病態において役割を果たしている」「30歳未満の患者は、虫垂切除術から3年以内の2型糖尿病発症リスクが2倍となった」などの諸説が報告されています。
いまだ謎や矛盾は残るものの、健康な身体にある健康な虫垂は大事な役割があり、虫垂炎と診断された場合には手術の前に慎重な評価が重要だという風潮になってきています。時代は変わるものですね。
◆松本浩彦(まつもと・ひろひこ)芦屋市・松本クリニック院長。内科・外科をはじめ「ホーム・ドクター」家庭の総合医を実践している。同志社大学客員教授、日本臍帯プラセンタ学会会長。