岡田阪神 ヒーローインタビューでの言葉を大切に 「最高でえすー」はやめてほしい【10】

 試合中のベンチで、大竹は泣いた。「一人はみんなのために、みんなは一人のために」。涙の理由を、ヒーローインタビューで説明した。良かった。素直に自分の気持ちを、自分なりの言葉で表現する。思いは伝わる。

 才木、ノイジー、湯浅のヒーローインタビューも良かった。それぞれが自分の言葉で、精いっぱいの思いを言葉にした。インタビュアーが変に盛り上げようと、演出的な質問をするのはいただけないが…。

 阪神の選手はお立ち台で「最高でえすー」と何の意味もないセリフを大声で叫ぶのは、やめてほしい。巨人の選手が始めたのだろうけど、わたしには「○○の一つ覚え」にしか聞こえない。無意味、無感動。何も伝わらない。ばかにするなよと言いたくなる。

 驚いたことに「まず決め台詞を」と、あえて言わそうとするインタビュアーがいた。スポーツアナとして恥ずかしくないのか。その選手だけの思いやプレーの裏側を、いかに聞き出すのかが腕の見せどころだろ。

 大谷翔平を見よ。WBCを振り返るまでもない。当たり前の言葉でいい。気の利いたことが言えなくても構わない。言葉を間違えても、学んでいけばいい。誠実に一生懸命に話せば伝わる。大谷の言葉は選手、チーム、日本代表の枠をも飛び越えて、世界中に広がった。

 阪神の広報担当は「最高です」でごまかすなと、若い選手に指導してもらいたい。プロ野球選手として、あるべき姿は何か。自分の言葉で精いっぱい表現せよ。選手時代はまともに口を開こうともしなかったのに、引退するとタレント顔負けにぺらぺらしゃべる人。わたしは好きじゃない。

 言葉が、人を動かす。

 1985年8月12日。日航機墜落事故で阪神は、中埜肇球団社長を失った。事故の翌日からチームは巨人、広島と続く遠征で6連敗した。首位にいたチームはあっという間に3位に落ちた。「ある選手から言われました。いつまでも一丸や土台作りでええのか。いま言うのは優勝やろ、と」。吉田監督も苦しかった。

 動いたのは選手だった。岡田選手会長を中心に掛布、真弓、川藤、そしてバースが呼びかけて広島の宿舎で全選手が集まった。それぞれが思いを口にした。だれもが涙を浮かべて誓い合った。バースもまた、涙ながらに熱弁をふるった。

 「ウイニングボールを、中埜社長の霊前に届けよう。俺たちにできることを、全力でやろうじゃないか」。「よしっ」「おう、やろう」-。涙の誓いが言葉となった。

 「ウイニングボールを届ける」という言葉が、阪神タイガースの目指す道しるべとなった。10月16日。優勝が決まる。試合前のミーティングで選手会長の岡田が言った。

 「中埜社長との約束を果たす日が来た。一つ注意したい。ウイニングボールを絶対になくしてはいけない。どういう終わり方になるか分からない。誰がウイニングボールを手にするか分からない。だれにせよ必ず、ボールをユニホームのポケットに入れるんだ。それを確認してから胴上げやぞ。絶対ボールをなくすなよ」

 神宮は厳戒態勢だった。観客がなだれ込まないように、外野席の前五列にはガードマンを立たせて、客が入れないようにした。どんな混乱状態になるか、だれも予測できなかった。優勝の瞬間が近づくと、観客席の阪神ファンは涙を流していた。神宮の杜には、歓声ではなく感動の嗚咽が広がった。(特別顧問・改発博明)

 ◇改発 博明(かいはつ・ひろあき)デイリースポーツ特別顧問。1957年生まれ、兵庫県出身。80年にデイリースポーツに入社し、85年の阪神日本一をトラ番として取材。報道部長、編集局長を経て2016年から株式会社デイリースポーツ代表取締役社長を務め、今年2月に退任した。

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