森山直太朗、公演数107本のツアーが映画化…そこで直面した父親の死「父への曲が、自身の終わりと始まりになった」
公演数107本、約2年弱に及んだツアーの記録と自身のモノローグなどを再構成して制作された、フォークシンガー・森山直太朗のドキュメンタリー映画『素晴らしい世界は何処に』(監督:番場秀一)が3月28日から2週間限定で全国公開される。
ツアーの到達点となった「両国国技館」でのステージを軸に、幼い頃に経験した両親の離婚、ツアー中に直面した父親の死、そこで垣間見えた家族間の愛や閉ざされていた想いなどが交錯する内容は、単なるライブ・ムーヴィーにとどまらないものとして観る者に迫ってくる。
映画の制作に至った経緯や、映画を通して浮かび上がってきたこと、そしてエンドロールに流れる新曲『新世界』が示すことなどについて、森山にじっくりと語ってもらった(取材・文/吉本秀純)。
■ 映画を制作しようとヨーイドンで作っても、絶対に出来ない作品に──まずは、通常のライブBlu-ray&DVDやライブアルバムとは別にドキュメンタリー映画として制作するに至った理由から聞かせてもらえますか?
ライブBlu-ray&DVDを作るプロセスの中で、スタジオで音響を確認したり、映像と音が合っているかといったクオリティを確認する作業があるんです。それをするために、5.1チャンネルとかドルビーアトモスといった優れた音環境で大きめの画面で観てみたときに、もの凄い迫力だったんですよね。
自分のことで恥ずかしいんですけども(笑)、番場監督が撮った映像と相まって、生のライブをも凌駕するというか、それに勝るとも劣らない迫力があった。で、これはファンの皆さんと一緒に、例えば単館映画館とか小さな場所を借りて上映会とかしてみるのはどうだろう? というのが最初の発端だったんです。
つまり、当初はすごく内々で考えていたモノだったし、東京の両国という一夜限りの場所でおこなわれたイベントで、観れなかった地方の方々もたくさんいらっしゃったので。それと同時に、ツアー自体が100本以上を回ったものだったので、そのドキュメントもロードムーヴィー的に組み込んで何か面白いものにならないかなと番場監督に打診してみたら、ちょっとやってみるよと返事があって。そして、上がってきたのがコレの原型だったんですよ。
──予想していた以上のものが出来上がってきた、というか。
これから映画を作りましょうと言ってヨーイドンで作っても、絶対に出来ない作品だと思いました。コレはもしかしたら、ファンの人たちはもちろん、そうじゃない方たちにとっても、いわゆるただのライブ・ムービーじゃないものになっている気がして。長いツアーでしたから、プライベートなことでも父との別れだったり、両親との再会といったいろんな背景がありながら「素晴らしい世界」を追い求めてきた長い旅路の一つの答えのようなものが、何かちょっと言い表せないようなエネルギーの塊として、この映画の中にあったんですね。
だから、もし森山直太朗のライブや音楽自体に興味がなかったとしても、観て何かを感じてもらえるものになってるんじゃないかなと思ったので、番場監督に「映画にしようと思うんだけどどう?」と話したら「いいよ」って言って。そこから、昨年の10月に自分たちに出来うる範囲で、関西だったら京都と大阪、あとは東京と浦和の4カ所で上映したんですけど、やっぱり配給会社もスポンサーも付いていない状況でそれ以上はできなかったですね。
■ 両国ライブ「コレを2度やれと言われても無理」──森山さんご自身にとっても、観ていて気付かされることが多い作品だったのでしょうか?
そうですね。僕はライブを夢中になってやっていただけで、いろんなところでの答え合わせがこの映像の中でおこなわれていますから。あるライターさんがコレを観て、ツアーは全部で107本回ったんだけど、この映画がその108本目の千秋楽だというニュアンスのことを仰られて。どこか合点がいくというか、すごく腑に落ちる自分がいました。とはいえ、まさか全国で上映されることになるなんて思ってなかったですけども。
──映画として出来上がったものを観せてもらって、まずはメインとなっている「両国国技館」のライブ・パフォーマンスそのものが、鬼気迫るような特別なものだったと感じました。
通常のツアーというのは、だいたい30本とか50本とか、金額もキャパもある程度は同じで、安定した舞台をオーディエンスにちゃんと提供する舞台表現だし時間芸術なので、同じことを数多くやっても絶対に崩れない耐感のあるものを作ろうという計算が頭の隅にあるんですけど、この両国は本当に一夜限りで初めてやる大きな規模のライブだったんです。
だから、今言われた「鬼気迫る」というのは、もうコレを2度やれと言われても無理というか、1回きりしかないという精神状態で臨んだことが大きかったと思います。アレを100本やれと言われたら死んじゃいますけど(笑)、あの両国を経験できたのは、自分の中でも大きな出来事だったなと。
──衣裳は凝っていますが、舞台セットは逆にすごくシンプルで。
舞台はできるだけマイナスしたデザインというか、あまり雑多なものは置かずにただ中央にステージを置いて、階段があってそこにメンバーが座っていて、楽屋も何もなくて各々がそこで暇を潰したりライブを鑑賞したりしているという。どこか夢の中の通りがかりの住人みたいな設定で、その階段の向こうにはお客さんがいて、その間には柵のような境目もないんですよ。両国でライブをやるとなった時に、そういう世界が全体のイメージとしてありましたね。
──そのどこか幻想的な雰囲気のステージに、お父さんとの別れを含めたツアー中のドキュメント映像などが効果的に挟まれることで、両国で歌われていた曲それぞれのバックボーンにあったものが浮き上がってくるような印象を受けました。
僕もこの映画を観なければ、全然一致しなかったというか。それはそれ、コレはコレというだけだったんですけど、番場監督は全部を俯瞰で見ているし、その前の季節からの7年くらいの付き合いでもあるので、それを克明に・・・というか、コレは彼の作品なんですよ。
それはべつに責任転嫁とかじゃなくて、僕がというよりは彼が見た世界でもあるから、それはこういうものだったんだというか。自分のライブとか自分の生身の人生って、自分の肉眼では捉えられないんだけれども、映像から何かその片鱗をちょっと見れたような気がしたので、番場監督にすごく感謝だなと。
──森山さんの活動をずっと見てきた監督には、このように見えていたと。
そうですね。でも、たぶんきっとこうだなって考えながらじゃなくて、感覚的に映像を繋ぎ合わせて作ったと思います。彼自身も映像を見て「素晴らしい世界はこういうことだったのかもね」みたいなこと言っていたし、答えはいつも生まれてきてしまった作品の中にしかないなっていうのは、つくづく感じます。
■ 人生を生きていて、その向こうに表現とか舞台とか音楽がある──アルバム『素晴らしい世界』(2022年)に収録された『papa』などはもちろんですが、よく知られた代表曲なども映画の中では違った響きをもって聞こえてきます。
僕自身も観ていて、それを思いました。今回はやっぱり父親のことが頻繁に出てきてますし、その時はただ無我夢中で歌ってますけど、もう彼に向かって歌っているとしか思えないように聞こえてきたりすると、また曲の景色や原風景が今までとは違うものになってくるし。
もう何十年も何千回と歌ってきている曲までもが、今回のような究極の場所で全然違う景色とか解釈に繋がるっていうのは、ホントに抜き差しならないことだなと思いましたね。舞台を作っていくというのは。
やっぱり、107本という数字は伊達じゃないなと思いました。その間に人が亡くなったりとか、いろんなことが起こるわけだなという。これが14本とかだとそこまでは起こらないし、僕たちは常に人生を生きていて、その向こうに表現とか舞台とか音楽があるわけで。もちろん長くやることだけが正解ではないけども、やっぱりこれぐらい自分の活動と人生に踏み込んで、もがいて、足掻いて、やっと手に入れられる大河の一滴みたいなものにしか真実はないんだなと。
■「母親からは『人は変われない』とずっと聞かされてきたんだけど…」──父親との別れや家族の繋がりという部分に関しても、そこだけを詳しく描いた作品ではないのですが、胸に迫ってくるように感じられる方も多いと思います。
僕らぐらいの年齢になると、親子との関係とかって皆さんリアルだと思うんですよね。血は繋がってるけど一生理解し合えない他人みたいな部分もあって、なんで僕はこの人から生まれてきたんだろう? と思うようなことが付いて回る人もいれば、そうじゃない人もいると思うんですけど。でも、いざその対象の人がいなくなるとなると、また話は全然違ってきたりとかして。
僕の父は79歳で肺ガンで亡くなったんですけど、寂しいとか悲しいという気持ちを他人にうまく伝えられない昭和の不器用なタイプみたいな人で。そんな父が最後に、自分の死に際にいろんな人の優しさに触れて、自分がどれだけ突っ張って生きてきたかを今になって痛感してると、ポロポロ涙を流しながら僕の手を握りしめて言ったんです。と同時に、ようやく(心の)つっかえ棒が取れて、無垢なまま旅立っていった父を見た時に、父なりに最後に向き合って、元の自分に返ることができるんだということを身をもって証明してくれたんだなと思いました。
──なるほど。
母親からは「人は変われないんだよ」ということをずっと聞かされてきたんだけど、変われなくても元に戻ることはできるというか。それは、自分の中では死に際に大きなイイものを見せてもらった気がしたし、映画の最後に流れる主題歌の『新世界』という曲は、主語は僕なんだけど、まったくもって僕の話ではなくて、父が生きてきた人生と死を目前とした場所からこういう景色が見えていたんじゃないかなと思う彼の目線で作ったもので。
だから、自分でそれを作ろうと思ったというよりは、無性な寂しさと良かったねという祝福とともに、なんか彼に書かされたような、実質4分半くらいで出来た曲なんですね。「素晴らしい世界は何処に」という答えのない問いを立てて、もがいて足掻いた先にあったのは、真っ白で新しい世界だったという。
そこに旅立っていった父への感謝と祝福の気持ちを添えて作った曲が、終わりの始まりであり、これからの自分もいろんなしがらみから解放されて、どういう風に音楽や舞台を作っていくのかという1つの終わりでもありスタートでもある曲になったという・・・。コレ、今すごくいいこと言いましたよね(笑)。勉強になります。
──いや、こちらこそ『新世界』という曲の核心部分を語っていただき、ありがとうございます(笑)。
実はそんなことまで思ってなかったんですけど(笑)、ここで出てきて良かったです。
◇
映画『素晴らしい世界は何処に』は3月28日から2週間、「TOHOシネマズ梅田」ほか全国の映画館で上映される。
写真/バンリ
(Lmaga.jp)
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