韓国代表候補109選手の理由…カギとなる「兵役免除」システム
去る4月9日、KBO(韓国プロ野球委員会)がアジア大会(インドネシア・ジャカルタ)に参加する代表の“予備エントリー”を発表した。大会は8月から9月にかけてであり、最終エントリー締め切りは6月中旬でいいのだが、これほど早くに出した理由は、後ろ盾である大韓体育会側からの要請だったという。それはともかく、目を引いたのは発表された人数だ。プロ105名、アマ4名の合計109名。いかに予備エントリーとはいえ尋常な数ではない。
同日、記者会見が行われた席上で韓国代表の宣銅烈監督は「まだチームの全体像ができていないが、幸い、予備エントリーに人数制限がないということで、最大限参加可能性ある選手を入れた」と述べた。6月に提出する最終エントリーはこの予備からしか出せないため、故障や不振を考慮して多めに出したというのは理解できる。また「最終的には24名まで絞ることになるが、最終発表までは代表候補。その意識で公式戦を戦ってもらえば、リーグ全体のレベルアップにもつながる“好緊張感”を与えられると思う」といった趣旨の理由も示した。これもまあ説得力ある答えだ。とはいえ109名は、プロ10球団のレギュラークラスの数に匹敵する。全員が候補といえば聞こえはいいが、これでは発表の意味を為さない。
ただこの109名という数字に、韓国球界の実情とホンネも垣間見える。
大会によりプロ、アマと編成を分けている日本に対し、韓国は国際大会でのプロ解禁となった1998年バンコクアジア大会以降、トップの大会はほぼプロチームで参加し、5回のうち4度の優勝を果たしている。
優勝が唯一の目標、は当然ながら、もう一つの理由には他ならぬ兵役免除の恩恵だ。韓国では健康な男子は原則、19歳から32歳までの間に約2年間の兵役義務を務めねばならない。これは一般人もスポーツ選手も一緒。意外と忘れられがちだが、1950年に勃発した朝鮮戦争はいまだ終結しておらず、休戦状態のままなのだ。
ただスポーツ選手の場合、国際大会などで輝かしい成績を残し『大韓民国』の名を知らしめた者には、その恩恵として兵役の免除が与えられる。これは野球に限らず他競技にもあてはまり、「大統領令」としてオリンピックは銅メダル以上とアジア大会は金メダルのみ(WBC第2回大会以降とプレミア12などは対象外)と規定されてもいる。余談だが免除といっても2年の義務はなくなるものの、4週間の「基礎軍事訓練」は受けなければならない。ただこれも昨今のプロ球選手の場合、多くがオフの12月に参加しており、事実上、プレーに影響はない。
プロの選手にとって2年間のブランクは言葉以上に大きい。身体的な衰えの不安もあるし、過去にはケガをして入隊以前のプレーができなくなった選手もいた。現在は軍隊内にも2チーム編成され、プロの2軍に混じってリーグ戦に参加するなど恵まれた環境になってきてはいるが、1軍でプレーできないことは選手本人にとっても、また球団にとっても損失となる。
近年はプロ野球の人気も右肩上がりで観客動員も伸びている。「できれば兵役に就きたくない」という選手、「就かせずに済ませられたら」という球団の思いはホンネだ。そのため球団側としては、チーム内で有望な、それでいてまだ兵役免除を得ていない若い選手を国際大会に出したがる。ましてやアジア大会は、他国はアマ主体。表現は露骨だが「プロで参加する限り、極めて金メダル(つまり兵役免除)を獲得しやすい大会」なのだ。
一方、代表選考するKBO側とすれば、事情はくみつつ、あくまでもベストの戦力で戦いたいと考える。「アジア大会は兵役免除を得るための大会ではない」という文字通りの建前があるからだ。むしろプロが参加して万が一にも金メダルを取れなければ、汚点にすらなる。だから代表チームはベストメンバーで編成したい。
そうした思いは、日本でも活躍した李大浩ら、ベテランで国際大会常連組の名前が相変わらず入っているところからも伺える。とはいえ、兵役を終えていない選手を外すこともできない。
記者会見で宣銅烈監督は「兵役免除を意識した選手選考はしていない」と述べている。今後、ポジション別にベストの選手を選ぶか、それとも東京五輪を視野に入れ、若手主体のチームとするのか。それともその混合か。ただそこで「勝つことと兵役」のバランスもまた、配慮しなければならないことに違いはない。
いずれにせよ大会は8月。まだ時間的猶予はあるとはいえ、隣国の国際大会代表チームは動き出している。また宣銅烈監督は東京五輪までの契約だ。選手として、投手コーチとして国際大会での経験は十二分だが、監督としては昨秋の『アジアプロ野球チャンピオンシップ』が初の采配だった。監督自身としてもアジア大会は重要で貴重な経験の場となる。その意味でも、韓国の動向には関心が持たれる。(スポーツライター・木村公一)