「医師という仕事」に感銘 町医者は常に謙虚な心で生きなければ
「町医者の独り言=34=」
「医者という仕事」という本を読む機会があった。作者の南木佳士(なぎ・けいし)さんは医師である。呼吸器内科医となった作者は、研修医時代に肺癌(がん)の診断、治療の勉強に打ち込んでいたが、300人以上の患者さんの死を目の当たりにし、自分や医学の無力さに打ちひしがれて、心の病からくる強い動悸、焦燥感などが急に出現したそうだ。以降、投薬治療で症状は改善したが、第一線から退かれたという。
著書には、素晴らしい事がたくさん書かれてあった。中でも、気になる一節があった。収入、地位、名誉といったものが、仮面に過ぎないということを知った時に人は例外なく、優しさを求める。人間も哺乳類であり、優しさを持たない哺乳類は人間とは呼べないと。生の本質を見つめ続けてこられた作者の重くて深い言葉であり、今の日本において教訓となる言葉だと思った。それは、我々、医師にもよくあてはまる。
作者の言葉を借りれば、偏差値エリートからなる医師の集団で、本当の優しさ思いやりがある医師というのは、どれほどいるだろうか?医師になってからはほとんど必要としない難解な問題をいくつもこなし、ようやく医学部に入る。そこでも莫大な量の勉強をこなし、国家試験合格を目指す。残念ながらそこに、優しさ、知性、品格などを教育されることは概ね(おおむね)ない。偏差値が高い、少し暗記が得意というだけで医師になってしまい、他人の気持ちを汲むことができない、そういった医師になってはいないだろうか?と、作者は自分に問いかける。
さらに作者は、医師、患者はある意味で強者と弱者の関係にあるという。現代では、それは随分改善されたように思われるが、そういったことも踏まえて、日常の診察に当たらなければならない。作者が、いい作家になるためにはどうしたらいいかと編集者に聞かれたときの返事が、「まじめに生きること」であった。私は素晴らしいと思った。
また、作者自身がいい作家になるためにはどうすべきか、と自問自答した際の答えは、低い視線になることであった。低い視線にならないと物事が見えてこない。すなわち、ごう慢な心や気持ちでは見えるべきものが見えなくなるという事だ。
作者のように300人以上の死を目の当たりにしてしまうと、多くの場合、死に対する感覚がどうしても鈍磨してしまう。日々の仕事に追われ、多くの患者さんを抱える医療従事者にとって、それは避けがたい部分ではある。それが、この作者は毎回、死に関して真剣に取り組むがゆえに、ついに心と身体に不調を来してしまった。どこまでも患者目線に立った素晴らしい医療をされていたのだろうと拝察する。
私のような町医者は、先輩、後輩、同僚がいない環境で仕事をするため、他人から間違いを指摘されることが少ない。忙しさや環境に流されず、“常に謙虚な心で生きなさい”と諭してくれた一冊だった。
◆筆者プロフィール 谷光利昭(たにみつ・としあき)たにみつ内科院長。93年大阪医科大卒、外科医として三井記念病院、栃木県立がんセンターなどで勤務。06年に兵庫県伊丹市で「たにみつ内科」を開院。地域のホームドクターとして奮闘中。